STORY, 第一章人生は足し算

1-11 偉大なる死① 父の生き様 死に様


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平成14年に父が癌で亡くなった。

私の中学2年の時に母と離婚。

私と妹は母側に付いたのです。・・・・

その後25年間は亡くなるまでは再婚しませんでした。

それは・・・・

ずっと母のことが大好きだった事が分かりました。

それは、父が末期がんを向かえ余命3カ月の命を、

親戚に告げられました。

愛媛で暮らしていた父とは、たまに電話で会話する程度、

何年かに一度帰省時に

離婚した母も同席で食事することが多かった。

一見普通の家族にしかみえませんが・・

母も我々の為にいつも同席ですいません。

再婚はありえない、

離婚した夫婦とは思えない昔のままの関係のよう。

父が余命3カ月を宣告されてからは、

とんでもない位のドタバタ人間模様が・・・

ここでは多くは触れませんが、

ドロドロした中にたっぷり巻き込まれたのです・・・

葬儀の日までは・・・・

お通夜で親族たちとバトルに・・・

いろんな誤解が25年たって私に向けられたのです。

もちろん原因があるからでしょうが・・・

父はさぞ心が痛んだでしょうね。

父の余命3カ月は本人には告げられず、

医者は、手術したほうがいい・・・

余命3カ月の身体で手術は酷であろうに・・・

何度も医者はしつこく私に手術を勧めました。

???

冷静に考え、術後の苦しみに加えガンの痛み・・・

まして、本人の許可なくお願いしますとは言えませんし・・・

ハッキリ言って私は、医者はただ手術がしたいだけ???

そんな直感が脳裏に

私は、最後までNOです。

人の命を預かった責任はとてつもなく大きいので悩みました。

信頼おける人にも相談。

親戚は手術して少しでも良くなるならばと言うのですが、

それからしばらくして父に奇跡が起こったのです。

本人は全くガンとは知らず、胃潰瘍であると伝えていたのですが、

大きく腫れあがっていたがん細胞がほとんど消え、

退院できたのです。

医者、親戚、皆ビックリ・・・

その頃父に聞いたのですが、

医者から手術を勧められていたんだけどね。

父は「手術なんて絶対いやだ!!やらなくて良かった!!」

私の判断は良かったのかも知れません。

手術をすれば明らかにまだ病院のベッドで痛みと戦っていたはず。

しかし

それからちょうど一年後に再発入院し約3カ月で命を落としました。

末期の時に痛み止めとしてモルヒネの投与をお願いして

幻覚症状が父に出ていました。

それは、いまでも思い出すと胸が張り裂けそうな痛々しい?

切ない?幸せ?うわごとかも??

帰省時に、目を白黒させている父

時折、「痛い痛い・・・」と叫ぶ

落ち着いた状況を見計らって

妹から預かった感謝の手紙を何度も繰り返し読み

意識の朦朧としている中、

私は、何とか幸せだった家族で生活していたころの思い出を

伝えていました。

すると時折発する言葉が・・・

それは、

ずっと離婚した母の名前を叫んでいたのです。

心の奥の叫び!!

名前を連呼

看護師も「その方はどなたですか?」

「毎日名前を呼び続けているんです。」

それは「私の離婚した母の名前です。」

看護師さんは、「さぞ愛されていたんですね!」

離婚後25年たっても愛し続けた父の一途さをみて

なぜか爽やかな気分だったのでした。

知らなかった深層心理にある父の思い

一本気な人でした

未練たらたらとは違う・・・?


2013-10-15 | Posted in STORY, 第一章人生は足し算 |