STORY, 第三章 笑える事件簿

3-4 オーストラリア ワーキングホリデー お別れ涙編


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楽しい日本人仲間とのパースでのフラットシェアの生活。

 

英語の学校は半分位が日本人で、他は中国人、スイス人。

学校が所有しているフラット(アパート)での生活は、

本当に楽しい日々。

フラットには、同じ学校の生徒さん、オージーも住んでいて

週末は、仲間が集まりBYO(持ち込み)でのパーティ三昧。赤ワインにこにこ

 

私は当初は、日本人の少ない所がパースだと聞いていたので、

まさか、

こんなに日本人ばかりの仲間と生活するとは思っていませんでした。

でも

慣れない国での不安は大きく、

自然と日本人との交流は仕方がありません。

いろいろと考え方はありますが・・

ワーキングホリデーの人達は様々で、

私のように永住、就職探しの人、

旅行しながらアルバイトする人、

大学を休学してホームステイする人

結構多いのが、

日本で仕事を辞めて人生を見直そうとしている人など・・・

男3人の生活は約3カ月目で、一人目とお別れ・・・

オーストラリア周遊した後に帰国。

2人目の仲間も4カ月目でお別れ・・・

上に住んでいたスイス人のステファン、ローランドとも別れ・・・

 

 
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好きだったスイス人。空手のアンディフグを知っていました。

一人になった私でしたが、

出会ったころの仲間がアデレードから戻ってきてくれて

2人で暮らすことには

 

しかし、その彼も数カ月後には日本に帰国・・・

空港での見送りは、家族を失う気持ちになり号泣致しました。109

 

寂しさが怒涛のごとく押し寄せてたまりませんでした・・・

自分でも不思議なくらい涙が出てきたのです。

人一倍寂しがり屋だったあの頃

出会った仲間達が次々と離れていくスピードには、

これがワーキングホリデーだ

この繰り返しをしていると自分の精神状態によくないな!?

長く付き合える人との関係を構築必要だと強く感じていました。

日本人、オージー問わず、仲間を作る決意をしました。

それから

3カ月で学校が終了。

これからが本番・・・

ワーキングホリデーとはいえ、

私は永住えお考えていたので絶対的に必要な

ビザを獲得するには、仕事を見つけないといけない。

仕事は限られていて、

日本食レストランの皿洗い、免税店、フルーツピッキング

就職し、ビザを取ってもらえる仕事探しが始まりました。

日本食レストランは絶対やるまいと決意していました。

現地の人達と働ける仕事を見つけようと決意・・

短期間で兄弟、家族のようになった友達は、

この外国での地がそうさせました。

皆、英語もできず不安を抱え生きて行くには

意外と日本人はありがたいものです。

オーストラリア行くまえには自分は格好付けて、

日本人と喋らないとか言ってましたが、

改めて日本人との交流は必要で、今でも財産となっています。

サンキュウ エブリバディ

もちろん英語力は最悪です。

つづく


2013-10-15 | Posted in STORY, 第三章 笑える事件簿 |